HIDABITO 025 飛騨高山お宿山久 女将 山下 良子 氏
お客様の笑顔を糧に、ぬくもりあるおもてなしで国際的観光都市の発屎に尽くす
外国から全国から、ようやくお客様が戻られて「また来たよ」の言葉に力をいただいています
高山は、古い町並ばかりではない。小高い丘陵地に寺社が建ち並ぶ東山遊歩道の、しっとりした風情もまた観光客の心をくすぐる。お宿山久は、えび坂から遊歩道へと続く途中に佇んでいる。客室は全16室。大きな宿ではないが、国内のみならず世界中からツーリストが訪れる。旅行専門サイト“Tripadvisor’'では、2019年度「外国人に人気の日本の旅館」部門で国内10位に選出された。玄関脇の靴箱に並ぶフクロウマークの表彰盾の数々は、世界に認められた証し。それでも女将の山下良子さんは、栄光にあぐらをかかず、家庭的なおもてなしを大事にしている。
「先代の女将である義母と主人とで始めた宿なんです。おかげさまで昨年、創業50周年を迎えました。主人が大学を卒業する頃、建設業を生業にしていた義父が亡くなり、副業で義母が営んでいた小さな下宿を旅館にしたそうです。古い町並までは徒歩5分程ですが、この辺りは違った景観が楽しめますよね。遊歩道は紅葉の時期も格別ですよ」
そう話す女将さんの、気さくな笑顔が心地いい。館内に飾られているガラス細エや豆ランプは、ご主人が収集したアンティーク。醸し出されるレトロな世界観は、ゲストの心に郷愁をもたらせる。女将さんが嫁いで30年余りになるが、当時からこの雰囲気は変わらないそうだ。
「23歳のとき実父が余命宣告を受けたんです。急いで名古屋の勤め先を辞め、久々野の実家に戻りました。それで濃飛バスの経営する喫茶店でアルバイトを始めて。主人はそこのお客さんでした。14歳も上ですから、最初の印象は“へんなおじさん”(笑) 。毎日やってきてご飯に誘うので、しぶしぶ友だち連れで出かけたり…。出会ったのが8月でしたが、10月には結納を交わしていました。プロポーズの返事も待たず、主人が式場予約しちゃったという感じです(笑) 。」
女将さんは照れ笑い混じりにそう言った。この明るさや柔和な笑顔こそ、ご主人が惹かれたところなのだろう。女将さんもまた、ご主人に頼りがいを見いだしたのではないか。いずれにしても、このスピード婚を闘病中のお父さんが喜んでくれたのは確かなことだ。
「義母からは『息子のお世話だけしてくれればいいから』と言われましたが、嫁いですぐ旅館に入り、女将だった義母に付いて仕事を覚えていきました。義母は客室を回って余興したり、とにかくいつも楽しそうで。私にはその度胸はありませんが、仕事を楽しむという姿勢はとても影響を受けましたね。」
旅館業は9時ー5時では終わらない。夜中でも電話が嗚れば応対するのが当たり前だ。戸惑うことも多々あったが、一期ー会のお客様に喜んでいただける仕事にどんどん夢中になっていった。
「28歳で娘を出産しましたが、産前・産後で7回ほど入退院を繰り返して。大変な状況にも関わらず、ベッドで考えるのは宿のことばかりでしたね。36歳のときは、何を思ったか大型免許を取りました。お客様用送迎バスも運転しますよ!」
高山市が国際観光都市宣言したのが1986年。官民が力を合わせてインバウンドに取り組み、2019年には外国人宿泊者数が60万人を超えた。国内の団体旅行客がメインだった山久も、気がつけば客の5割が海外からのツーリストになっていた。
「2~3週間かけて日本をあちこち旅する中で、高山にも立ち寄るようです。都市型のホテルの部屋とは違い、うちは全部和室。ベッドのない畳の部屋を見て、『僕たちはどこで寝るの? 』と聞かれます(笑) 。接客スタッフは50~70代ですが、みんな臆することなく、笑顔で身ぶり手ぶりを交えて片言英語で対応してくれています。」
笑顔は万国共通。山久では接客マニュアルは作らず、「どのお客様にも笑顔で、自分の言葉で」お客様をもてなす。地元のおばちゃんたちが作る素朴な「かかさま料理」も、この宿ならでは。飛騨牛の陶板焼きなどが10~11品もあり、郷土の味がたっぷり楽しめると、国内外を問わずどの客にも好評だ。週末は日本人客、平日は外国人を中心に山久はフル稼働。それに慣れてきた頃、COVID-19の波が高山にも襲いかかった。
「外人さんはまった<ゼロ。緊急事態宣言が出された後、休業するしかありませんでした。古い町並から観光客が姿を消し、どうなるのかと心配しましたが、良い機会だと捉えて改修工事を行ったんです。」
2部屋を1部屋に直すなどして、宿泊客数を70名から45名定員へと変更。ゆとりができた宿に2023年春、外国人客が戻ってきた。
「5年ぶりだ、8年ぶりだと言って、以前ここで撮った写メを見せてくださるんです。それがうれしくって。旅館業を続けてきて良かったと思える瞬間ですね。」
高山は新たな宿泊施設の開業ラッシュだが、「うちはうちの色でやるだけです」と女将さんは泰然自若。
「あ~れ~’久しぷりですね~ (=おかえりなさい)」と、今日もぬくもりある飛騨弁でお客様を出迎える。
社名 | 飛騨高山 お宿 山久 |
住所 | 岐阜県高山市天性寺町58 |
電話 | 0577-32-3756 |
公式サイトリンク | https://takayama-yamakyu.com/ |