HIDABITO 027 飛騨高山蒸溜所有限会社舷坂酒造店 代表取締役 有巣 弘城 氏
大自然に抱かれた廃校を舞台に、郷土愛とビジネスセンスで高山の新たな魅力を創造
過去からのつながり、つながりからの未来へ。飛騨ウイスキーが生み出すシナジー効果は無限大
高山の市街地から車を走らせること30分。北に乗鞍岳、南は御嶽山に囲まれた高根町は、近年キャンパーたちが多く訪れるエリアだ。ときおり車窓から見える飛騨川もまた、山々と同じ深い緑を映し出す。赤い陸橋に差し掛かったとき、橋の向こうに学校らしき建物が見えてきた。
2023年4月に開業したばかりの『飛騨高山蒸溜所』だ。古い町並で酒造店を営む有巣弘城さんが、廃校となった旧高根小学校を新事業で見事に再生させた。
「2007年に閉校した後も、地元の方々が掃除や草取りをしてくださっていたようです。本当に地域で大切されてきた場所なんでしょうね。教室の掲示物も当時のまま残されていて、子どもたちの息づかいが感じられるというか、なんだか夏休みの学校みたいですよね。」
校舎を案内してくれる有巣社長の想いが、この学校の卒業生かのように熱い。快活な口調に引き込まれ、思わずこちらもワクワクとしてくる。
「高山で代々飲食業を営む家に生まれました。曽祖父母が営んでいた『アリス食堂』に始まり、祖父が結婚式場を併設させ、さらに旅館を引き継いで現在のアリスグループの基盤を築いていきました。自分に男の子の縁がなかった祖父は、四人姉妹の長女である私の母から男の子が生まれたということで、僕のことを随分と可愛がってくれて。祖父から『お前が将来の社長や!』と言われて育ち、物心がついた頃には学校でリーダー役を率先して担ってきたように思います。」
有巣社長が小学3年生のとき、グループは事業拡大。新たに『本陣平野屋花兆庵』をオープンすると、実母が主婦から女将になった。そうした状況を受け入れながら、有巣社長はサーピス業とはどういうものなのかを肌感で身につけていった。
「母親に言われて、休みのたびに旅館の手伝いをさせられていました。中でも調理場に入って力ニの甲羅蒸し用にカニの目を取る作業が嫌で、嫌で。跡を継ぐためには現場体験も必要だと今なら分かりますが、当時はなんで夏休みにこんなことやらなきゃいけないんだと(笑)。ですが、愛がなかったわけじゃありません。父も本陣平野屋の経営陣として奮闘していたので両親揃って日々多忙でしたが、閑散期になると平日に旅行や海へ出かけたり、特別な思い出はいろいろ作ってくれていましたね。」
ポジティブな人柄は、家業のみならず、おおらかな高山の町にも育まれた。
「高山祭の秋祭りで唯ーからくりを有する屋台『布袋台』に、小学1年の時からその操り手として関わらせてもらっています。太鼓や笛の音に合わせて一生懸命に操って、上手いなぁと大人に褒められながら、どんどんコミュニティの中へ入っていきました。町の人たちとコミュニケーションを深めていったことは、大きく僕の中のアイデンティティとして形成されたと思っています。高山には、‘‘地域で子どもを育てる”という昭和のような文化が残っているんですよね。」
飛騨人は郷土愛が強い人が多いと聞く。祭りをはじめ、地域ぐるみで共有した時間が地域への愛が沼となり、「伝統文化をつないでいく」という意識が誇りとして醸成されていく。進学や就職で都心へ出たとき、そんな想いがより強くなったと、有巣社長も振り返る。
「祖父や母がそうしたように、僕も東京の大学に進学しました。卒業後は都内のコンサルティング会社に就職し、そこで企業再生や事業承継の案件に打ち込んでいたところに、祖父から『造り酒屋を引き継ぐことになったから、帰ってこい』と。それで、しぶしぶ高山に戻ったわけです。」
30歳で継ぐかどうか判断したらいいかなぁ、という人生プランは泡と消え、待っていたのは想定もしていなかった酒造店の再興。そもそも日本酒が好きではなかった有巣社長に、26歳の冬、大きな転機が訪れる。
「杜氏が『飲んでみてください』と、搾りたての新酒を僕に持ってきてくれたんです。お猪口からくいっと飲んだ瞬間、背中にブワーツと電撃が走って、日本酒ってこんなに美味しいんですか?と。僕がこんなに感動したんだから、お客様も感動させられる、『これだ! 』とそこからスイッチが入りました。」
新銘柄の発表や日本酒ベースリキュールの大ヒットなど、有巣社長の快進撃によって船坂酒造店は10年でめざましい発展を遂げる。だが、コロナ禍による観光客減により、売上は一気に95%ダウン。飛騨高山経済とスタッフを守るためには、違う魅力づくりが急務だった。そこで有巣社長は、新しいチャンネルを見つけねばと暗中模索。たどり沿いたのがウイスキーの蒸溜所だった。
「コロナ禍で観光地・飛騨についても考えました。地域の伝統文化の集積度合いが、旅館や酒といった事業の魅力にも結果的につながる。地域が盛り上がっていけば、我々の価値も上がっていけるんです。」
アルコールを誘因に宿泊が生まれ、人の滞在時間が長くなれば地域も潤う。そんなシナジーを活性化させるため、有巣社長が歩みを止めることはない。
蒸溜所初となるシングルモルトが発売になる2026年秋が、今から待ち遠しい。
社名 | 飛騨高山蒸溜所有限会社船坂酒造店 |
住所 | 岐阜県高山市高根町下之向164-2(飛騨高山蒸溜所) |
電話 | 0577-32-0016(有限会社舷坂酒造店) |
公式サイトリンク | https://www.whisky-hida.com/ |