HIDABITO 021 高山屋台保存会庶務理事 寺地 亮平 氏

HIDABITO 021 高山屋台保存会庶務理事 寺地 亮平 氏

高山祭300年の歴史に礼を尽くし、子どもたちへと伝承しながら祭の屋台に人生を懸ける

お祭とは切っても切れない人生を歩んできた、先人たちの想いとともに屋台を未来へつなげたい

前日からのあいにくの空模様に、一瞬の晴れ間がのぞいた。宮川に架かる赤い橋を、2台の屋台がお囃子を奏でながら粛々と通り過ぎていく。沿道の観光客がマスク越しに「おぉ…」と感嘆の声を上げた。

3年ぶりとなる春の高山祭。この日を心待ちにしていたのは観光客だけではなかったようだ。中橋のたもとの桜が見事に咲き誇り、豪華絢爛な屋台に文字通り花を添えていた。


「新型コロナ対策で一昨年は神事のみで祭は全面中止、昨年は大幅に規模を縮小して行いました。開催を楽しみにしてくれていた観光客も多かったでしょうね。ですが、この春の祭は観光振興というより伝統文化継承の観点から開催に漕ぎ着けた経緯がある。外から見れば祭当日の二日間だけにスポットが当たりますが、屋台を守っている屋台組らは下準備に一年以上かけ、祭当日を迎えるわけです。この数年は開催するかどうかの話し合いを何度も繰り返してきただけに、『俺たちの祭がやっとできたよ』っていう、そんな喜びが大きかったと思います」


そう語る寺地亮平さんの横顔もまた、感慨深げだ。木工・建設機械工具販売会社を営む傍ら、高山屋台の保存と継承に尽力してきた。自身も秋の祭の区域である下三之町の「仙人台」という屋台組に所属し、幼い頃はお囃子、青年時代は屋台曵きを担い、数年前から警固役として裃(かみしも)姿で屋台の前方を歩く。高山祭への思いは人一倍熱い。





「僕も長い間、裃、袴を着る機会がなく、残念でなりませんでした。全国に祭はたくさんありますが、高山祭の屋台行事はユネスコで認定された無形文化遺産。僕は全国の祭の保存会組織の役員もしておりますが、開催に至るまでに『高山はどうするの?』と各地の役員さんから問い合わせがあり、春祭開催のニュースが流れると『よぉ決めてくれた!』『俺たちもやれるわ』とお電話いただきました。そんな風に、高山祭は全国からも一目置かれておるんですね」


くしゃっと顔をほころばせてうれしそうに話す寺地さんに、飛騨人としての矜持(きょうじ)を垣間見る。


高山祭は4月と10月に行われるが、春は日枝神社、秋は櫻山八幡宮と祭を取り仕切る神社が異なる。それぞれの神社の氏子が代々中心となって屋台組を構成し、町内ごとに屋台を守っているそうだ。寺地さんは小学校や全国各地に招聘されて高山祭の取り組みについての講演も行っていると聞いたが、その解説が実に丁寧で分かりやすい。恥ずかしながら、高山祭とは春の山王祭と秋の八幡祭の総称なのだと初めて理解した。


「春祭も秋祭も、最大原則は“前の年と同じことをすること”。これを300年近く守り続けて、高山祭の歴史を紡いできたわけです。春祭の屋台曵きでは行列の最後に『すべからく先例に従へ』と旗を立て、同じことを繰り返すという意識のもとに祭を執り行っています。祭文化を守ってきた先人たちの努力を思うと、僕らの時代で『はい、ここで終わりました』なんてとてもできませんよ」



少子高齢化は高山においても切実だ。中心市街地では子どもの減少による担い手不足で屋台の存続自体が課題になっている。あの煌びやかな屋台を維持していくための修繕費も中途半端な額ではないだろう。


「僕が子どもの頃は15軒ほどあったうちの屋台組も、今では8軒になりました。その8軒で今、3年がかりで総額6000万円余りの大規模修繕にチャレンジしています。高山屋台は国の重要有形民俗文化財ですから、国の補助でやらせていただいています。そんでも1割は地域の負担。8軒で積み立ててきた修繕費でなんとか対応しています」


地元の人が屋台にかける思いが並大抵でないのは、そんな背景によるところも大きい。ひと昔前は大地主や財力のある旦那衆に頼んで修繕費を調達したそうだが、戦後の財閥解体に伴い、旦那衆も消滅。屋台が維持できず、下呂の旅館に売り払う屋台組もあったと聞く。



「このままではダメや!と気づいた町の人が何をしたか。屋台を守っていくためには行政のお力も借りなければと、昭和20年代に全国に先駆けて高山屋台保存会を立ち上げました。また、観光客に祭のとき以外でも屋台を楽しんでもらおうと、昭和43(1968)年には高山祭屋台会館を作り、高山への集客に一役買っています。高山の人たちは文化や歴史の伝承には、知恵も先見の明もあると思います」


祭の担い手不足の解消と祭文化の伝承のため、寺地さんは2016年から小学校の子どもたちを屋台に乗せる事業を始めた。


「高山祭は高山市民の誇りやけれど、氏子の区域以外の子どもたちが屋台に乗る機会はほとんどなかった。高山のいろんなところで、屋台に乗ったことあるよ、曵いたことあるよと言う子どもがどんどん増えることで、祭を守っていこうという思いになってもらえたらいいよね」


前年と同じことの繰り返しが、過去と現在を結んできた。時代と共に人の価値観が大きく変わりゆくなかで、寺地さんは未来に向けて「守り続ける」という難題に果敢に立ち向かっていく。




社名高山屋台保存会
住所岐阜県高山市下三之町115
電話0577-35-3156(事務局)


場所高山祭屋台会館
住所岐阜県高山市桜町178
電話0577-32-5100
営業

9:00〜17:00(3〜11月)/ 9:00〜16:30(12〜2月)

休み年中無休

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