HIDABITO 014 萬代 橋本 猛 氏
主人自ら仕入れに出かけ、地の素材をふんだんに使った歴史ある懐石料理
「美味しい」と言ってもらえる、そのためにやっているだけなんです。
伝統的な古い町並みの残る、高山の城下町。まるでタイムスリップしたかのような厳かな雰囲気を作り上げているのは、建物の雰囲気はもちろんのこと、様々な業種における老舗が過ごしてきた時の厚みだろう。
食における高山の老舗として、いくつかの料亭が挙げられるが、今回は中でも味に定評があり人気だという萬代を尋ねた。小じんまりとしながらも松の木が優美に生えているアプローチを抜け左に曲がると、広々とした奥行きの玄関が現れる。
美しく陰影が刻まれた土間で、板前の白衣姿で我々を迎えてくれたのが、ご主人である橋本猛さんだ。
「うちのお店は飛騨では新しい方でして、創業は昭和のはじめ頃なんです。聞くところによると私の祖父が、最初はおでんか何かの屋台から始めて、このように料亭にしていったそうで。私で3代目になりますね」
話を聞きながら、先んじて店内をぐるりと案内してもらったことを思い出す。目に映るのは、全て宮大工が手がけたという立派な建築。大広間の天井は長大な一枚板を複数用いて構成されていたり、欄間には精巧な草花の細工が施されていたりと、豪勢でありながら細部にまでこだわった造りだというのが、素人目にも見て分かる。中庭にのぞむ廊下側の窓ガラスは、絶妙なゆがみが美しい職人による吹きガラスだ。
わずか3代でここまで大きなお店となった萬代。橋本さんも、幼い頃から家業を継ぐということを自然に感じていたという。
「料理人になる他ない!と思ってましたから、学校の勉強は全然しませんでしたね(笑)。よく聞かれるのが、『小さな頃からおいしいものを食べてらっしゃったんでしょう?』というもの。確かに食べていたとは思うんやけど、家の人達はお客様に食事を出すのに忙しいわけで、子どもの頃からもっぱら、自分の食事は自分でよう作ってましたわ」
中学を卒業すると同時に、板前修業に出た橋本さん。父親が大阪の吉兆で修行をしていたこともあり、その縁から京都の吉兆で7年間料理を学んだ。22歳で戻ってきた頃には、店の多くの部分を任せてもらったという。そんな萬代の料理のこだわりは、技術はもちろんだが、素材に対して妥協しない仕入れだ。
「今の時期でしたら間違いなくおいしいと胸を張れるのは、野菜ですね。基本的に全て地元の契約農家さんのものを扱っていまして、朝どれのものばかり。特に高山の野菜はこの10年でどんどん味が良くなっているんですよ。夏のトマトも素晴らしいですし、個人的に全国トップレベルだと感じるのは冬の飛騨ネギ。これだけ寒いと甘味や旨味をたくさん蓄えるので、鍋に使っても絶品です」
実は魚の仕入れにもこだわりがあるという。橋本さん自らが出向くことで、その日1番の魚を狙う。この日も太平洋側から型のいい鱧が入ったそうだ。
食材の話を聞いていたら居ても立ってもいられなくなり、特別にお願いしてちょうど仕込み時間で慌ただしさを帯び始めた板場に入らせてもらった。
この日の懐石には和のテイストを取り入れたローストビーフが並ぶということで、その仕込みを拝見する。サシの入った飛騨牛のローストビーフは、そのピンク色の断面がなんとも美しい。先程まで笑顔で取材に応じてくれた橋本さんの目に真剣さが増し、無駄な時間をかけることなく、一皿を仕上げた。
「でも、まだまだなんですよね。吉兆さんで学ばせてもらったことっていうのは色々とあるんですが、その料理の持つ特別な『色』って言えばええかな。職人はそういうものに憧れるんですが、あそこの『色』はやっぱり特別ですわ。近づけたい、追いつきたいと思いながら、毎日やっているんです」
職人の視線でまな板に集中していた橋本さんに、この土地でこれからやってみたいことを聞いてみた。
「それはやはり継いだお店をちゃんと回して、次に繋げることですね。今息子が京都に修行に出て4年になるんですが、ちゃんと戻ってきたら父親がそうしてくれたように、私も色々任せていきたいと思っているんです」
同じ土地で同じ仕事が、でも少しずつ世代によって変化しながら引き継がれていくということの、美しさ。職人の町である飛騨高山では、様々な分野でこんなドラマが展開されているのだろう。橋本さんに仕事の喜びについてうかがった時「それは、ただ、美味しいって言ってもらえる時。それだけですよ」と、そっと答えてくれた一言が、胸に染みた。
社名 | 萬代 |
住所 | 岐阜県高山市花川町 18 |
電話 | 0577-32-0130 |