HIDABITO 010 平田正仁店 平田 法子 氏

HIDABITO 010 平田正仁店 平田 法子 氏

陣屋前朝市で50年、生産農家の自家製漬物は国境を越えた母の味

形は変わっても、お客さんと向き合って、買ってもらうのが楽しいの

観光客にとって、高山の夜は魅力的なものだ。飛騨牛や、朴葉みそ、ブリ街道を渡ってきた季節ごとの鮮魚たち。ついつい久寿玉や山車などの地酒が進んでしまうのも無理もないが、深酒は禁物だ。高山は、こと観光客には朝寝を許してくれない。寝過ごして後悔するには、あまりにもったいない朝市がここにはあるからだ。


飛騨高山には、千葉県勝浦市、石川県輪島市に並ぶ日本三大朝市の町としての顔がある。さらに、「高山祭」と「古い町並」に並ぶ高山観光三大名物の1つにも数えられるほど、朝市は風物詩としても有名だ。





そのルーツは1820年頃、高山別院を中心に開かれていた桑市にまでさかのぼる。その後、養蚕業の衰退から、明治27 年あたりを境に自作の農作物や生花などを販売する参加者が増え始めた。それが場所を変えながらも、現代まで脈々と受け継がれているのだ。


現在開催されているのは、鍛冶橋から弥生橋までの宮川沿いを拠点とする宮川朝市と、高山陣屋前の広場での陣屋前朝市の2つ。いずれも毎日朝6時から開催されている、歴史深い高山の朝の顔だ。


「はい、どうぞ見ていってね。漬物は私の手作り。味見だけでもしていってくださいよ。ほら、気軽に食べてって」


午前7時。すでに観光客で賑々しい陣屋前朝市の会場をぶらつく取材班に、にこやかに声をかけてくれたのが平田正仁店の屋号を持つ、平田法子さん。テント内には「のりこばあちゃんのお店」と看板が置かれており、目にも鮮やかな漬物と米や雑貨などが、軒を目一杯に並べられている。漬物だけでもその数約20種類。どれも試食をできるのが、うれしいところだ。



「うちは代々ずっと農家でね、米も野菜もたくさんつくっていましたよ。昔はね、全部手作業だから人でそりゃ大変でねえ。今は色々機械でできるから、なんとか息子が頑張ってます。今は息子と私のふたりだけ。私は漬物や雑貨をつくって、朝市で売る係なの。昭和30年から、ずっと出てます。」


いくら機械化されたと言っても、朝市が毎日あることには変わらない。そのためのりこさんの1日は早い。朝は3時に起床。それからすぐに掃除や洗濯、朝食の準備などの家事を全て済ませ、朝市に。11時半まで漬物を売り、家に帰ると今度は明日の朝市の準備。夕方あたりに商品の袋詰を終えると、やっと1日が終わるのだ。想像以上の働きぶりに、思わず頭が下がる。


「トマトやほうれん草なんかは、冬にやってる農家もあるけど、うちは昔ながらのやり方だから、動き出すのは春からやね。春に美味しいのは、菜の花と山菜。春は田植えが忙しいから、畑はあまりかまっていられんのよね。だから山菜を使ったりします」


山からいただいた春の恵みは、シンプルに塩で漬け込むのだという。特におすすめはと聞くと「菜の花、山ウド、ワラビ、カブ、あとここらでよく食べるこれね」という答えとともに、試食用の皿を渡される。それを口に運ぶと、さくさくとした食感の後に山の香りが抜けていった。舌にわずかに残る酸味も、さわやかな味わいで心地いい。


「これはキクイモね。見た目は根生姜みたいな形。畑でつくるとジャガイモみたいに丸くなるけど、これは山から掘ってきたのでごつごつしてます。味噌や酒粕で漬けてもいいんだけど、せっかくの香りが負けちゃうから酢と醤油で漬けるのよ」



聞けば漬物にはポピュラーな根菜で、飛騨で古くから食べられているカブやきのこ、ミョウガ、なす、きゅうり、とともに漬け込むその名も品漬には、必ずこのキクイモが入ると言う。普段目にしない野菜を、対面で知るということ。朝市の楽しさは、目や口だけでなく好奇心も満たしてくれる。


保存料を一切使わない、昔ながらのシンプルな味わいの漬物にはファンも多い。地元高山の人々はもちろん、東京や群馬、千葉などの関東圏から、名古屋や大阪、神戸の関西圏まで。通販をやるほど量がつくれないので、こうして朝市で販売してきた。


「昔はこんな屋根もなければ、地面も砂利道。その上にむしろを敷いて、直に野菜を並べて売ってました。区画も決まってなかったから、場所は取り合い。卵なんかは缶に籾糠を敷いて、朝とれたものを売ったりね。その時から比べたら、すごく変わりましたねえ。でもこうしてお客さんと向き合って、おしゃべりして買ってもらうのが楽しいの」


そんな時、ヨーロッパからと思しき女性観光客が試食していいかと、身ぶり手ぶりで尋ね始めた。するとのりこさんは片言ではあるが、英語で説明を始めたではないか。


これには女性も驚いており、思わず話が弾みだす。思わず微笑んでしまうような優しい空気が、ふいに立ち込めた。 時代とともに形は変わっても、品物をもとに言葉を交わし合う人々を照らす朝の光は、200年前と何ら変わっていないはずだ。



社名飛騨高山陣屋前朝市 平田正仁店
住所岐阜県高山市八軒町1-5
電話0577-32-3333
公式サイトリンクhttp://www.jinya-asaichi.jp/shop/index.html 

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