HIDABITO 003 飛騨茶屋 寿美久 住 忠 氏

HIDABITO 003 飛騨茶屋 寿美久 住 忠 氏

HIDABITO 003 飛騨茶屋 寿美久 住 忠 氏

これだけは変えちゃいけないと思ってます

店に入って左手の壁に、特大の絵馬が飾られている。家の外から中に向かって駈ける馬の絵は、飛騨地方ではおなじみの縁起物だ。


心地よい広さの店内を見回すと、入り口側の壁に飾られた額にも目が止まる。額の中には、「食べることは人を良くする」との一文。絵馬と同じ作者が書いたものだという。


「いい言葉でしょ。でもね、食べることはいいことだけど、肥えちゃうの」


人の良い笑顔を浮かべて説明してくれるのが、手打ちそば屋の「飛騨茶屋 寿美久」四代目主人、住 忠(すみ ただし)氏だ。祖父の代から続くこの店を継いで以来、日々そばづくりの探求に励んでいる。


「昭和8年に 祖父母が この店を始めた頃は、そば屋ではなく食堂だったんです。父の代には酒場としても営業していました。いわゆる何でも屋ですかね。」


人付き合いの苦手な 住 忠氏の代になってから、カウンターを撤去して蕎麦一本にしぼった。昼の11時から夜20時頃まで、絶品のそばをふるまい続けている。観光

客はもちろんのこと、地元にもファンが多い。


「飛騨産のそばを、毎日使用する分だけ石臼で挽くんです。石臼は祖父の頃から使っているものを受け継いでいます。そばの実を 磨き.石抜き.手作業での選別、それから石臼で挽き 手打ちでそばを打つ、かなり手間.暇が かかって大変ですけど、正直にやる。これだけは変えちゃいけないと思っています。」


昔からの製法を貫く寿美久では、1日にふるまえるそばの数は限られてくる。しかしその分、一杯一杯が住 忠氏の入魂の作品だ。口の中に運ぶ度、麺の食感の爽やかさと、その香りの高さに驚かされる。「コシがある」とはこういうことか、と納得させられることうけあいだ。





「うちの そばの最大の特徴は、この風味と喉ごしだと思うんです。どうしてこういう食感になるかというと、やっぱり昔ながらの手間をかけた手仕事だと思うんです。その日の気温や湿度によって、水の加減も必要、手打ち故の微妙な太さ加減、温かいそば冷たいそばにより、ゆで時間も変わります。締める水の温度にも気を使います。あんまり冷やしすぎると香りが立たなくなりますからね」


「飛騨は昼と夜の寒暖差が大きいんですよね。そばの収穫の時期には夜はうんと寒く、昼は汗をかくくらい暑かったり。暮らしていると大変ですけど、こういう昼と夜の寒暖差がそばには とってもいいんです。果物などと同じですね。寒暖の差があった方が、甘みと風味が出る。乗鞍を挟んで、信州と飛騨ですから 飛騨そばは、信州そばにも、引けをとらないと思いますよ。」


そんな”飛騨そば”を堪能できる人気メニューの一つが、朴葉を敷いた香り立つ手打ちそばに、山菜を添えた「山菜ざるそば」だ。山菜は住 忠氏が自ら採りにも行く。蕎麦はもちろんだが、蕎麦つゆも しっかりダシが効いて美味しい。〆のそば湯も濃厚で驚きの連続である。


「蕎麦だけが美味くてもダメ、ツユだけが美味くてもダメ、バランスが大切だと思います。祖父の時代から 取り引きのある地元の味噌醤油醸造元さんの物を使用してます。飛騨野菜など飛騨にはいい食材があります。当店も県産品愛用推進宣言の店として認定を受けています。食材を選んで使っていますから、是非味わってください」


妥協なき寿美久のそばは、なんと海外にもリピーターを増やしている。


「海外からのお客様は近ごろ増えましたね。三日間滞在して三日ともいらっしゃるお客様がいたり、シーズン毎に海外から通ってくださる方がいたり。最近ではツアーの方が年に4,5回はこられています」



また、この店で密かに人気が高い絶品メニューが「そばがき」だ。そば粉を水から火にかけ練り上げ、団子状のまま食べるそば料理である。江戸時代半ばに現在のような麺状の「そば切り」が登場するまでは、そばの もっともポピュラーな食べ方だった。寿美久のそばがきは、しっとりとした餅のようにフワフワやわらかく、一口ごとにそばの豊かな香りが立ち上がる。


「うちの そばがき、本当に美味しいでしょう。「是非食べていただきたい ひと品です」って皆さんにおすすめしているんですけど、そばがきなんてモッサリしていておいしくない、って思っている方が多いみたいで残念です。うちで食べた方は、やみつきになってますけどね。そばがきだけを食べに来られる方、これを あてにお酒を飲んでいかれる方が多いですね」


しかし最近 気にかかることが あるとか。


「そばは お客さんに お出しした その瞬間が 一番美味しいんです。後はどんどん のびていきます。できれば すぐに食べていただきたいのですが・・・・ 時代ですかね、5分から10分くらい写真を撮ってる方や、グループのお客さんですと 全員のそばが出揃うまで待っておられます。お先にどうぞとか、お先に失礼しますって声をかけあって、なるべくすぐに食べていただければと思うんです。」


少しでもよりおいしいそばを作り、少しでも多くの人に美味しいそばを食べてもらいたいーー そんな素朴な気持ちだけが、住 忠氏と、この店には満ち満ちている。そこには「名店」がしばしば発する威圧感のようなものはいっさいない。


「ウンチクや能書きを言われる店とか ありますよね。先ずは こうして食えとか、そばをつゆにあんまり付けちゃいけないとか。僕はそんなこと 全く気にしません。僕もどっぷりつけたい派だし。「おいしかった」と思って帰ってもらえればそれでいいんです」


静かな路地の一角では、今日もたくさんの人々の「おいしかった」が響いている。



社名飛騨茶屋 寿美久
住所岐阜県高山市有楽町45
電話0577-32-0869

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