HIDABITO 031 乗鞍山麓 五色ヶ原の森 案内人の会 代表 塚本 勝 氏
自然探勝の聖地・五色ヶ原の森を
保全しながら山と人との共生を伝える
丹生川の自然に魅せられ移住して20年。感動を次世代につなぐ森の案内人
乗鞍岳といえば、飛騨高山を象徴する名峰。2000〜3000m級の山々が連なる複合火山の総称なのだが、太古の昔、山裾へと流れ出た溶岩が堆積し、悠久の時を掛けて壮大な森林地帯を造りあげた。岐阜県側の乗鞍山麓中腹に位置する「五色ヶ原の森」がそれだ。その広さは南北15km、東西は30km、東京ドーム638個分に相当する約3000haもの面積を誇る。手つかずの自然が残る森の中はまさに秘境で、訪れる人々を惹きつけてやまない。森の案内人を務める塚本勝さんもまた、この森に魅了された一人だ。
「僕、実はこの地域は新参者なんです。生まれは熊本で、高校を出てから50代まで名古屋に住んでいました。建築関連の事業を営みながら、いずれはのどかな場所で暮らしたいと妻と話していたんです。それで地方へ出かけるたび、もし住むならという視点で旅先を眺めていましたが、どこも暮らすには一長一短あった。あるとき、妻が『岐阜で古民家が売りに出されている』と言うので二人でふらっと見に行ったんです。峠を越えて景色を見た途端、あ、ここなら住めると思った。それが丹生川だったんです。」
まだ高山市に合併される前の丹生川村。周囲に4軒しか家のない小さな集落に、塚本さんは理屈抜きで心の故郷を見いだした。善は急げとばかりに、1週間後には移住に向けて交渉を開始。子育てもひと段落、夫婦二人なら自給自足で暮らせばいいじゃないかと、2005年、54歳にして塚本さんのセカンドライフが幕を開けた。
「移住した年、五色ヶ原の森がガイドを募集しているという情報を目にして。僕は渓流釣りや山歩きも好きでしたので、ガイド研修を受ければ入山料ナシで森が歩けるなと思ってね、応募したんです。そんな風に動機は不純でしたが、初めて五色ヶ原に入ったときは自然の純度の高さに圧倒されました。一年近く毎日のように森を歩いて、森の成り立ちから自然を保護し活用することまで様々教わりました。正直、それまで僕は花にも興味がなかったし、植物なんて食えるか食えないかだったんです。ところが僕が見ていた自然の視点と全く違う見え方を知るにつれ、ぐっと引き込まれて、同時にガイドは難しい仕事だと思いましたね。」
そう語る塚本さんの口調は、森に差し込む木漏れ日のようにあたたかい。ガイド歴19年、現在40数名のガイドを束ねる重職にありながら、気さくで穏やかな人柄がトレッキングツアーに心地よい空気感を創り出す。自然にも人に対しても敬意があるからこそなのだろう。
「五色ヶ原は、30万年前の森と9000年前にできた森が交錯しているんです。森の時間軸から見たら人の一生なんて一瞬。森に入ると紅葉も春の芽吹きも毎日色合いが変わり、森の長い時間の中で景色が日々移ろっているということを実感します。一瞬という刹那の自然を眺める、それは贅沢なことですよね。お客さんにはそうした感動を感じてもらいたいですし、自分自身もその感覚を失わないためにも『なぜだろう』という疑問や好奇心は持ち続けなければと思っています。」
五色ヶ原の森では滝を巡ったり、せせらぎ沿いの遊歩道を歩いたり、原生林に分け進むなど、体力や楽しみ方に合わせて2時間〜8時間まで複数のコースが用意されている。見どころがたくさんある中、山に染み入った伏流水の落水模様が扇を開いたように美しい「布引滝」や、吊り橋から眺める迫力満点の「横手滝」は、何度訪れても見飽きないと塚本さん。
「お客さんも自然も、一期一会。五色ヶ原の森は、ガイド同伴でなければ入れないのが一番の特徴です。今では日本でも入山料が必要な山が増えつつありますが、ここでは20年も前から入山料を設けていち早くエコツーリズムに取り組んでいます。丹生川が村だった頃から、森の活用と保全を両立してきたわけです。今後も自然に負荷をかけないようにバランスをとりつつ、五色ヶ原の知名度をもう少し広げていきたいですね。」
移住した当初はネイチャーガイドを仕事にすることも、その生業が20年以上も続くとも思っていなかったと、塚本さんは半生を振り返る。
「もう20年という思いと、まだ20年かという気もします。僕の中ではずーっとこの丹生川で生まれ育ったような感覚があるからでしょうね。引っ越してきたばかりの頃、『こんな不便なところになんでわざわざ』とよく言われました(笑)。不便な暮らしは工夫が要る。それを楽しみながらゆったりと流れる時間も、この上ない贅沢です。」
2023年に開山20周年を迎えた五色ヶ原の森。その運営管理者としての矜持と五色ファンの一人としての愛情を原動力に、これからも塚本さんは森の魅力を伝え続ける。
社名 | 乗鞍山麓 五色ヶ原の森案内センター |
住所 | 岐阜県高山市丹生川町久手471-3 |
電話 | 0577-79-2280 |
公式サイト | https://goshikinomori.com/ |
ツアー催行期間 | 5月20日〜10月31日(融雪・降雪等の状況により変更あり。予約受付は4月1日〜) |