HIDABITO 029 宮笠 問坂 義一氏・和彦氏
宮笠は飛騨一之宮の誇りであり財産、父と息子二人で伝統の技を守っていく
生活の傍らにあった宮笠づくりが、
「高山の無形文化財」を担う匠の仕事に
毎年春になると大ぶりの枝に満開の花を咲かせ、訪れる人々の目を楽しませる臥龍桜。その樹齢は1100年余。台風被害や枯死の危機を何度も乗り越え、長い年月の間、山里を見守ってきた。この国指定天然記念物がある飛騨一之宮で、江戸時代から村人たちの日常に溶け込んできたのが“宮笠”だ。イチイとヒノキの木を薄く削って細長く切り出したものを水に浸し、編み込んで作る。材料のこしらえも、幾何学模様のような編み目もすべて匠の為せる技。代々、宮村で暮らす問坂義一さん・和彦さんは親子でこの伝統技術を守っている。
「宮笠は農閑期の仕事で、この辺りの農家ならどこでも冬になると作っておったわね。うちは3世代9人家族やったけど、煙突つきの薪ストーブを囲んでばぁちゃんはこっち、親父はこっち、子どもはここと座る位置も決まっておった。6畳ほどの部屋で、朝飯から仕事から全部やっとったわね。僕も幼稚園へ行く前から縁を編んだりして手伝っておりました。家族みんなで工程別に作ったということやわな。」
義一さんは御年87歳。宮村に生まれ、幼少期から宮笠づくりに携わってきた。問いかけに答えながらも、チャッ、チャッと材料を水に浸して編み込んでいく作業が止まることはない。一定のリズムが手に、指に染み込んでいる。
「戦後、昭和23年頃から昭和30年くらいまでが宮笠の最盛期だったわな。宮笠にはいろいろ種類がありますが、『特大』という大きな笠を作っておった。15tの貨物列車に積み込んで富山へ出荷するほどだったようです。船乗りがかぶったと聞いております。」
宮笠は乾いているときは軽く通気性に優れ、雨や雪で水分を含むと編み込まれた木が膨張してすき間が詰まり、雨水の侵入を防ぐ。物流の中心が船舶の時代、船員に愛用されたのは想像に容易い。だが生活が便利になるにつれ、その需要も作り手も年々減っていった。
「定年まで飛騨運輸に勤めておりました。20年はドライバーとして関東、関西、そこらじゅう走り回ったわね。だから宮笠をほとんど作らんかった時期もあった。そんでも休みになると親父の手伝いはしたわな。」
運送会社を60歳で退職し、義一さんは宮笠づくりに本腰を入れる。基本的な作り方は体が覚えていた。
「それでもセミ笠だけは簡単には作れなんだ。セミの姿に似た飾り部分の『のし結び』というところが1ヶ所だけわからなんだ。親父に聞いたら自分でやってみよと。習うんではなしに見て覚えろと、頑固一徹。僕も意地やし、試行錯誤してできるようになりました。」
セミ笠は地域の中でも問坂家だけの伝統技術。その継承の必要性を義一さんが意識し始めた矢先、お父様が92歳で生涯を閉じた。
「最盛期に100軒ほどあった作り手がごそっと減った。主な作り手は親父と同年輩やから、だんだん老いて亡くなり、継承しとらん家はその代で終わってしまう。宮笠もやけど、とくにセミ笠は親父しかよぉ作らなんだから、これは伝承していかなかんと悟りました。」
そんなとき、長男の和彦さんが宮笠の担い手に自ら手を挙げた。
「12年前、嫁さんが亡くなり、市役所勤めも辞めたんです。食べるために何かしなかんということでトマトづくりを始めて、農閑期に副業として笠ができればと思って。親父と違って小さい頃からやっとらんもんで50歳で一から身につけて、今年で11年目です。」
初めて作業に入る日、父は惜しみなくすべての技術を息子に伝え、息子は一言一句聞き漏らすまいと、すべて記録した。そのノートを開くと工程ごとにわかりやすくまとめられ、完璧なマニュアル本になっている。和彦さんは今も時々、ノートを見返す。
「最初の2〜3年は何を作っているのかわからんような、とても人前に出せるようなものではなかった」と微笑む和彦さんだが、「丁寧に作っとるなと思います」と義一さんが太鼓判を押すほど腕が上がった。
「和彦がセミの『のしむすび』が上手くできるようになったとき、一人前になったなと。笠を作ることは要領を覚えれば誰でもできるんやけど、セミは親父からの伝統やから。楕円形の締め具合は失敗がきかんし、3つのセミの間隔が一緒でなきゃいけんの。」
宮笠は材料、寸法、形、編み方の違いで様々な種類あるが、セミ笠はそうした技術の集大成。壁に飾られたセミ笠を指差し、「じいちゃんの作ったセミを見るとまだまだや」と和彦さんが言った。
「そうやな。僕もこんだけやっても親父の域には達しとらん。まぁ抜けれんわな」と、義一さんは名匠となった今も、亡き師である父への敬意を忘れない。
材料づくりは、10年前から工業高校を出て機械関連の仕事に就いている次男英樹さんが担っている。近年は高野山で使われる山伏笠など、他府県からアレンジ笠の注文も増えた。
「親父の後を息子二人が継いでやってくれることは、村の誇りやし財産やね。」
祖父から父、父から息子たちへと受け継がれ、飛騨一之宮の伝統工芸の灯りはこれからも赤く燃え続ける。
購入先 | 飛騨・匠&クラフトギャラリー |
住所 | 岐阜県高山市天満町1-1-25 地場産業振興センター1F |
電話番号 | 0577-35-0370 |
公式サイト | https://www.hidajibasan.com/ |